サポーター歴10年以上の僕が思うブラウブリッツ秋田の現在地|TDKSCからJ2昇格までの軌跡

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【この記事のポイント】

  • ・TDKSCとして初めて観戦した2007年から10年以上見続けてきた目撃者の記録
  • ・JFL時代の泥臭い戦い、J3での二度の優勝、そしてJ2昇格まで
  • ・Jリーグの「地域密着」という理念が体にしみついた理由

ブラウブリッツ秋田。JリーグJ2リーグでしぶとく奮闘を続けてきたこのチームを、僕はTDKSC時代から10年以上観続けてきた。その軌跡を振り返りたいと思う。


JFL時代(2007〜2013)——「勝つまで観に来たい」と思った原点

ブラウブリッツ秋田がJFLに参入したのは2007年。父親に連れられて僕が初めてスタジアムで観戦したのもこの年だ。TDKSC対YKKAP、会場はにかほグリーンフィールド。秋田市から向かうとちょっとした遠足気分だった。観客数は多くはないが、「いい雰囲気だな」と素直に思った。数人のビジターサポーターが「今日はよろしくお願いします」と挨拶すると、秋田側からも大きな拍手が起こったのが印象的だった。

試合はセットプレーから失点して負けた。悔しかった。「勝つまで観に来たい」と思った。

続くホーム3連戦でもなかなか勝てない中、ラストの佐川印刷SC戦で「赤いスパイクのスピードスター」富樫がネットを揺らした。初めて秋田のゴールを生で見れた。このとき初めてゴールで沸く一体感を味わった。最高だった。 しかし結局逆転負け。それでも僕はこのチームが大好きになった。

年度監督主な出来事
2007JFL参入、TDKSCとして活動
2008佐々木エース松田正俊の移籍の影響
2009松田帰還・シーズン終盤8連勝・過去最高10位
2010横山博敏TDKが撤退、現在のブラウブリッツ秋田が誕生
2011横山雄次松田が得点王獲得
2012横山雄次開幕4連勝も最終13位

2009シーズン終了後、親会社TDKが運営から撤退。こうして現在のブラウブリッツ秋田が誕生した。一般公募で選ばれた「ブラウブリッツ」——ブラウはドイツ語で青、県魚のカミナリウオが稲妻のごとく泳ぐ様が表現されている。

2014年、与那城ジョージ監督が就任。JFLに参入以来初めて本格的なポゼッションサッカーに取り組んだ。「自分たちでパスを回す、能動的なサッカー」——これはこれまでのこのチームには見られなかったもので、スタンドで観ていてウキウキした。そして翌年のJ3リーグ加入が正式決定。同じ年にグルージャ盛岡も決まったが、申請時期の差から秋田が北東北初のJリーグチームだと秋田県民として誇りに思っている。


J3時代〜J3二度目の優勝(2015〜2020)

J3初年度(2015年)は与那城体制2年目。前年の絶対的エース松田が引退し不安だったが、レオナルドと三好がカバー。しかし12チーム中8位と上位は遠かった。

間瀬秀一監督(2016〜2017年)はオシム元日本代表監督の通訳経験者という経歴で興味深かった。2017年は特に充実していて、前山・久富・遊馬・田中らが得点を量産し過去最高の4位。しかし間瀬監督は退任となった。

2018年、杉山弘一が就任。攻守ともにセカンドボールを回収してのショートカウンター——この徹底ぶりは驚異的で、ハーフタイムには「秋田は今年こんなにセカンド拾えるんですね」と相手サポーターから話しかけられるほどだった。開幕から15戦負けなし。

最終節、優勝条件は「ガイナーレ鳥取に勝利し、栃木と沼津が引き分ける」という不利な展開だったが——みごと逆転でJ3初優勝を果たした。 秋田がJリーグで初めて優勝した瞬間、大袈裟でなく涙した。本当に最高のシーズンだった。

しかし、J2ライセンス未交付により翌シーズンもJ3所属のまま。優勝しても昇格できない——そのことを思うと今でも胸が痛む。

2019年は間瀬監督が再登板したが、中心選手だった田中や平石をあっさり放出する采配に僕は疑問を覚えた。サポーターの中にも「エースより間瀬を選んだ」という意見が出ていた。

2021年、監督に吉田謙が就任。「守備・フィジカル」を軸に据え、GK田中・DF鈴木・千田・韓・鎌田という堅守の守備陣が形成された。攻撃は齋藤の走力、中村の決定力、茂・沖野・久富の突破力を発揮。開幕から9連勝——その後も快進撃は続き、シーズン無敗記録28まで更新。シーズンぶり2度目のJ3優勝が決定し、ついにJ2昇格も決まった。秋田が歓喜で湧いた瞬間だった。


そして現在のJ2へ——地域とチームは切っても切れない関係

2022年からJ2で奮闘を続けるブラウブリッツ秋田。個々の詳細はまた別の機会に書きたいと思う。

今回の振り返りで改めて感じたのは、チームの歴史と地域の繋がりの深さだ。秋田はJリーグの中では比較的新しいチームだ。それでもこれだけの歴史がある——そしてその場面場面でチームに尽くしてくれた選手、スタッフ、サポーターの顔が浮かぶ。

NHKの特集で山形の初老の夫婦が「どんな時もひたむきに頑張るモンテが好き」と、熊本の若い女性が「ロアッソは私達の希望」と語っていた。TDK、ブラウブリッツ秋田は僕にとっても父親と二人スタジアムに通ったかけがえのない思い出があり、地元秋田の人たちと共に喜びや悲しみを分かち合った思い出がある。Jリーグの地域密着の理念について、改めて考えさせられた。

チームと地域はもはや切っても切れない関係だ。これは決して秋田だけではない——全国にある53クラブ、それぞれに同じような物語があるのだと思う。

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